人生解剖。

自信と、人間関係と、インターネットと、何も持ってないけど、それらをこれからちょっとずつ足していく。できる。生きてるなら。

貧乏だからこそ、働く力を。

 

どうも、私はだらだらと無職を続けている者だ。

たまに親戚の畑仕事や、農産物の収穫仕事でもらえているお小遣いで何とかやってる底辺パンピーだ。

ブログでは偉そうなことを叩きつつ私はこうして親のすねかじりをする人間の一人である。

 

 

ニートになって早数年、親がだんだん心配してきた。

金の心配だ。

つまりその金とは切っても切れない「仕事に就いて働く」という心配だ。

ニート生活を続けているとぶち当たる登竜門である。

 


親としてはいつまでも成人した人間を食わせられない

というかこうしてだらだらインターネット触って遊んでいる奴に自分の働いた金を消費させたくない。

(どっちも本音だと思う)

だからなのか


「アルバイトはもうしないの?」

「ブログでもやったら?」

クラウドソーシングとかアンケートだけでもやってみなよ」

 

と言われるようになってきた。


母親はこれと言って働くことに関しては言わない。

平和。

でもたまに、ハローワークの求人冊子を無言で机に置いていく母。

アクションはそれだけ。

平和(多分)。

 

上記のセリフを言ってくるのは、父親の方なのだ。

しつこく残りの所持金を聞いてくるので、教えると「そんだけ?!」と驚かれる。

それからというもの、「自分で働く・稼ぐ」方向へ私に声をかけてくるようになった。

え?驚くくらいなら援助してよ。

 

 

私個人としては

言い訳はいくらでもあるのだが、さんざん近所のバイトでうんざりしてきたのでもうこの辺で働くのはいや。

クラウドソーシングも「Amazonレビュー高評価で○○円!」とか、「私のサイトの広告から会員登録で○○円!」とか、
人を騙すのも興味ないサイトの会員も理由なくいや。それを悪とは言わない。

ブログで稼げたら苦労しない。

もう全部にうんざり。

ここまでくると人間性の問題なのか?それとも環境の問題なのか?

ともかく働くことが人生において不必要にさえ思う。

働きたい奴が働いて、わたしみたいな社会不適合者でも生きていける世の中だといいのに。

 

 

でもその親の心配も終盤になってくると変わってきた。

「なにかしたいことがあるなら、お金出すよ」

そう、父親の羽振りがよくなってきたのである。

最近、昇進したからね。

うち兄弟めっちゃいて貧乏なのに、自分の稼いだ金家に入れず、車一台とバイク二台買ったものね。

完璧調子こいてる。私もニートとして調子こいてるのでカエルの子は何とやらというやつか?

 


金とはここまで人を変え、心に余裕を生み出すのか…

 


といっても、仕事や社会につながる生産性のある事のみに資金援助する、と断言していた。

 

ともかく、私に働いてもらって、自分が安心したいだけらしい。

金があっても、人とは心配が絶えぬものなのね。

 

羽振りがいいのに「遊びたいからお金ちょうだい」って言ってもくれないんだよね。

でもお仕事の手伝いをするとお金をくれる。

 

遊ぶ金は自己責任、仕事さえすればお金はだす、こうして人は生きていける。

ってことを示してきてるんだろうなあ、と思った次第です。

 

働いてほしい意志は伝わったのだけど、働くってどうやるの?

 

働きたくないんだけど…

 

 

関係ないけど

ホリエモンさんって働くことが純粋に好きな人なんだね。

 

好きってかそれが生きることにつながるらしいね。

 

私が生きることと同義と言える、そんなものがあったら私の世界は変わるんだろうか?

 

あなたの生きると同義の仕事、作業、活動、「ライフワーク」とはなんだろうか。